2008.09.10 黒き森の赤ずきん

あまりにも更新できず、暇になる日々までまだしばらくあるので、できる限りのことをと思い立ち、
コツコツ書いていたオリジ小説の続きを一部ブログにあげて更新の代わりに。




赤ずきんが森の小屋に住むようになってから、5年の月日が流れた。
あれ以来、黒き森には村の人間達は近寄らなくなった。お母さんが赤ずきんのことを父親殺しの犯人に仕立て上げたからだろう。
と赤ずきんは言った。そんな狂気の人間が住む森になど誰が近寄りたいか。元々、この森にはほとんど依存していなかった人々だ。
誰も近寄ろうとはしない。そんな赤ずきんの説明に狼は納得した。だがそんなことよりも人に狩られる心配がなくなったことで
狼はより一層のんびりできるようになったことが嬉しかった。他の狼や熊などの肉食獣との小競り合いは多少あるものの、
狼は獣が恐れる人間が住む小屋周辺を縄張りに取ることができた。人が住んでいる臭いがする小屋へは本能的に獣達は近寄らず、
人語を解するという知性を持つ狼は襲われる心配もなくのんびりとくつろげる空間を手に入れた。
後は適当に獲物を捕まえていれば仲間はおらずとも狼は悠々自適な生活を過ごせるはずだったが、狼のその縄張りには欠点がいくつかあった。

一つは人間の臭いがするので獣が寄り付かないため、獲物も少ないということだ。まぁこれは群れからはぐれた獲物を狙えば済むことで
狼一匹の腹を満たすにはそれで十分だった。
二つ目。これが狼を悩ませている。人間の臭いがするということは、そこに人間が住んでいるということだ。
そしてこれが狼を怖がらずにとてもとてもフレンドリーに接してくるのだ。それが狼を大いに悩ませていた。

「どうしたの、狼さん?」
狼が不機嫌そうな顔をするので赤ずきんは櫛を滑らせる手を止めた。
赤ずきんが住んでいる、かつてはおばあちゃんが住んでいた小屋の庭。
耕された小さな畑の傍の芝生の上で狼は座っている赤ずきんの膝に顎を乗せてブラッシングされていた。
「さっきも言ったが俺は別にブラッシングなんかしなくていいんだぞ」
そう言って狼は顎を上げて赤ずきんを見上げた。あれから5年。赤ずきんは美しく成長していた。
幼かった以前でさえ、時折年不往相な妖艶さをかもし出すことができたが今ではそんな妖艶さではなく、純粋に歳相応に活発的で、
それでいて他の同年代の娘達が霞むぐらい顔つきは整っており、成人した体は瑞々しく人生の絶頂期に相応しい成長を遂げていた。
木漏れ日を浴びた頭髪は5年前の純白ではなく、ストレスから開放されて輝くような金髪に色を取り戻しておりまさしく太陽のような美しさだった。
「せっかく石鹸で洗ってあげたんだからブラッシングしなきゃもったいないじゃない」
そう言って赤ずきんは文句をたれる狼を無視して櫛を梳く手を動かした。
狼は一匹では食べきれないような大きな獲物をしとめたときは決まって今日のように赤ずきんの住んでいるこの小屋へと持ってくる。
ここに置いておけばよほどのことがない限り他の動物には食われたりしないから安心して保存できるからだ。
捕ってきた獲物を赤ずきんが少し失敬することもあるが狼はそれをこの領域に住まわせてもらっている礼と考えていて受け入れている。
今日捕ってきた獲物は沼地で仕留めた猪で、激しい取っ組み合いを沼地でしたものだから狼自身もかなり泥で汚れてしまっていた。
それを赤ずきんに見つかり、それはよくないと風呂に入れられて、挙句の果てにはブラッシングまでされてしまっている。
狼は赤ずきんが嫌いではなかったが、自分を一度嵌めようとした謀った頭を持ち、それでいて狼を全く恐れない赤ずきんに
自分のペースが乱されるので、こんな小娘にいいようにされる自分が少し情けなく感じる時もあった。
そして今、こうして赤ずきんの気が済むまでひたすら遊ばれるしかないことにため息をついた。

「おや、これは珍しいですよ。少女が狼をブラッシングするとは」

男のものとも、女のものとも取れる中性的な声に赤ずきんと狼は顔を小屋の入り口へと向けた。
「やぁ、どうも。赤ずきん。今日はいい天気ですよ。暗い森でも貴方の髪はキラキラに輝いているのですよ」
そう言って笑うのは一丁の猟銃を担いだ猟師だった。まだ若く、赤ずきんと同じぐらいの年齢に見えるその青年は自らの髪の毛と同じ色をした、
真っ黒な目を細めた。そんな猟師に赤ずきんは座ったままお辞儀をした。
「こんにちは、猟師さん。かっこいいんだから、そんな変な口調止めたらいいのに」
「いえいえ、滅相もない。なにぶん、森で変わった老人に育てられましたものでして。その口調が移ってこうなってしまったのですよ」
そう言ってケラケラ笑う猟師を狼は鼻で笑ってボソッと呟いた。
「変な喋りかたする爺もいたものだ」
「喋る狼よりは、たくさんいると思うのですよ」
「喧嘩を売りに来たのか?」
狼は人間で言うこめかみの辺りをヒクヒクさせながら立ち上がった。それに対し猟師はおどけるようにして首を振った。
「いやいや、とんでもないですよ。わたくしめは赤ずきんに用があって参ったのですよ」
「私に?」
「えぇ。先日、毛皮をくれたお礼の品が出来上がったのですよ」
「え、本当?」
「えぇ。はい、どうぞですよ」
そう言って猟師は赤ずきんに小さな布の包みを一つ手渡した。
「ありがとう、猟師さん。お茶でも飲んでいく?」
「いえいえ。今日はちょっと罠を仕掛ける必要がありまして。その心遣いだけもらっていくことにするですよ」
そう言って赤ずきんと狼に頭をたれて用件を済ました猟師は小屋の敷地に入ることなくさっさと元来た道を戻っていった。

赤ずきんと猟師のやり取りを遠目で見ていた狼は客観的に赤ずきんを眺めた。
そしてふと、勿体無いな。と思った。これほどの娘なら、体中に傷跡があるとしても街に往けば引く手数多だろうに。
「お前、街に行くつもりはないのか?」
包みを持って入り口から戻ってきた赤ずきんに狼は切り出した。突然の問いかけに赤ずきんは首をかしげた。
「何で?」
「お前ぐらいの女なら、街でも十分やっていけるだろう。ここなんかよりもずっといい暮らしが出来るはずだ。
何もこんな薄暗い森で過ごさなくてもいいだろうに」
「……………………」
真顔で言った狼を前に赤ずきんは驚いた様子で少しよろけた。
「ど、どうした」
「いや、狼さんが私の心配してくれたから……ちょっとびっくり」
「な……」
「そうだね。ちょっと狼さんが心配してくれたことだし、街に行ってくるよ。この家の修理したいから、買い物したいし」
そう言って赤ずきんは自身が住んでいる小屋を振り返った。基礎はしっかりしていてもしばらく誰も住んでいなかった小屋だ。
所々、修理が必要なところはあった。それを先ほどの猟師に手伝ってもらったりして直していたのだが、どうしてもいくつかの部品は
街で買ってこなければ赤ずきん一人ではどうすることもできないのだ。それは猟師にも前々から言われていたことだった。
「一人でか?」
「流石に猟師さんを連れて行くわけにもいかないでしょ?それにいいものあるんだ」
「何だ?」
「これ。狼さんが捕ってきた鹿の皮から猟師さんに作ってもらったの」
「…………首輪?」
「街に行くんだから首輪でもしとかないと流石に捕まっちゃうでしょ?」
「……は?」
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